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カール・ヴィンソン (USS Carl Vinson, CVN-70) は、アメリカ海軍の航空母艦。ニミッツ級航空母艦の3番艦。艦名は第二次大戦前後に海軍力増強に努めたカール・ヴィンソン下院議員に因んで付けられた。生存中の人名を付けた最初の空母。 ==艦歴== カール・ヴィンソンは1974年4月5日にバージニア州のニューポート・ニューズ造船所に発注され、1975年10月11日に起工する。1982年3月13日に就役し、整調航海に出航した。 1983年3月1日に母港となるカリフォルニア州のアラメダに向かう、同年10月1日には長崎県佐世保港に寄港。 1984年にはリムパック '84 に参加し、10月14日に最初の海外配備が行われた。 1985年は1月から4月まで107日間をインド洋で過ごす。同年、艦載機部隊のF-14とそのパイロットが映画『トップガン』の撮影に参加した。 1986年5月から6月にかけてカール・ヴィンソンはリムパック '86 を含むいくつかの演習に参加した。8月12日に2度目の海外配備に出航し、ベーリング海で活動する最初の航空母艦となった。1987年1月にはインド洋とアラビア海北部で活動し、その後再びベーリング海を通過しアラメダ海軍基地に帰還した。 1988年に4度目の海外配備に就く。ペルシャ湾でアメリカ船籍のタンカーを護衛し、1988年12月16日に帰還した。 1989年9月18日にカール・ヴィンソンはアラメダを出航し、第二次世界大戦以降最大の平時海軍演習となる PACEX '89 に参加する。演習でヴィンソンはベーリング海、アリューシャン列島で活動し、日本海と太平洋において3つの空母戦闘群(現 空母打撃群)を率いた。韓国の釜山で短期間停泊した後、ヴィンソンはロマプリータ地震発生直後のサンフランシスコに帰還した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「カール・ヴィンソン (空母)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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